電車のくもった窓を指でぬぐう、見えてくる日常の色。朝方のカーテンの隙間からもれる光、うごめく模様。それらには意味など見出さなくても心奪われて、とたんに何かの状景を思い出しに脳が旅に出る。

 例えば、そんなふうに、作品になる前のやきものの断片から、状景が浮かびある瞬間がある。感覚的にできあがった断片を眺め、削り、付け足して、また焼いてみる。

 その繰り返しから、どこかで見たことがある何かのような、私だけが知りうる、どこかの状景のような、何かが浮かびあがる。

 

どこか the scene であって どこでもない nowhere

 

 

                          2017年6月 原 裕子